とある令嬢の誘拐事件
とある商店街のはずれに、何でも屋を経営している一人の青年がいた。彼の名は韮崎信人
、見た目は今時のチャラ男だが、お人よしで誠実な好青年なので、商店街の人々の間の評
判もよかった。それが行き過ぎて、さっぱり儲からず、だまされたりもするのだが、本人
はさほど気にすることもなかった。・・・。
ある日の夜、
「宅配便でーす。」
「いつものお袋からか。」
と、何の疑いもはさむことなく受け取った。しかし・・・。
「何だこれ、重いな。」
と、訝りながらも開けると、中には両手を後ろ手に縛られ、タオルで猿轡をされた制服姿
の女子高生が押し込められていた。
「なんじゃこりゃあ!」
と、思わず叫んでしまった。すると、女子高生の隣に置かれている携帯が鳴った。
「もしもし。」
「届いたか。」
「どういうことだ。何のつもりだこれは。」
「何のつもりとはないだろう。きちんと依頼したはずだぞ。前金も振り込んである。」
あっと叫んでしまった。そうなのだ。一週間前、帽子を目深にかぶった男からあるものを
預かってほしいと依頼があったのだ。どうやら、彼女の両親が家に来るから、その間に預
かってほしいものがあるということであった。信人は、どうやらその手のビデオだろうと
思って安請け合いしたのであった。
と、女子高生が目を覚ましたらしく、うっうっと呻きだした。
「ふざけるな。犯罪の片棒を担ぐわけにはいかない。」
「じゃあ、その子を解放するか?言っておくが、俺はその子に、共犯者のもとに送ると言
っている。今解放しても、その子は警察に駆け込んで、お前を誘拐犯だというだけだ。」
「うっ。」
「十日だ。十日間その子を監禁しておけ。ちなみに、その子は銀行の頭取の孫娘だ。手を
出せばどうなるか、分かるだろう?」
「分かったよ。十日間監禁しておけばいいんだろう。」
「とりあえず、手足を縛ってどこかに繋いでおけ。それ以上の拘束はお前の趣味に任せる。
入浴、用便、食事の時以外は縄をほどくんじゃないぞ。」
「趣味って・・・。分かった。さ、立って。」
女子高生を助け起こすと、縄尻をもってベッドまで連れて行った。女子高生は怯えている
のか、特に抵抗することもなくされるままだった。ベッドの桟に縄尻をつなぎ、
「ごめんね、足も縛るよ。」
と、女子高生は首を振ってうっうっともがきだした。先ほどまでの大人しさとは打って変
わってのもがきぶりに、信人は猿轡を外した。
「お願いです、トイレに行かせて下さい。」
「どうしよう。」
「用便の時は縄をほどいてやれ。心配しなくても、その子はあまり体が強くない。いや、
やっぱり両手を前で縛っとけ。」
「わかった。」
と、後ろ手の縄をほどき、前に回して再び縛った。トイレに入れると、
「よし、今の間に、監視の準備だ。ビデオカメラとパソコンが入っているだろう。ビデオ
カメラを起動して、監禁風景をパソコンにリアルタイムで送るようにしておけ。もちろん
、トイレをちゃんと見張りながらだぞ。」
「分かったよ。」
と、言われたとおりにビデオカメラとパソコンをセットした。
「終わったよ。」
「オッケー、映像は鮮明だ。」
と、女子高生がトイレから出てきた。信人はすぐに、女子高生を後ろ手に縛り直し、猿轡
を噛まそうとしたら、
「騒がないから、口を塞ぐのはやめてください。」
「どうしよう。」
「いいだろう。しかし、おそらく様々な話術で解放させようとするだろう。信じるなよ?
十日監禁したら、成功報酬としてさらに二百万渡すつもりだ。」
「ああ、分かった。」
と、縄尻をベッドの桟に繋いだ。
「足、出して。」
女子高生は素直に両足を出した。女子高生は信人と同じくらいの身長だったが、足は信人
よりずっと細かった。そのか細い両足首をつかみ、縄を掛けた。
「それ以上の拘束は任せるって言ってたよな。」
考えてみれば、せっかく女子高生を監禁しているのに、手足を縛っただけというのはもっ
たいないと感じた。あまりの縄をもってきて、女子高生の胸の上下に掛けた。
「何するんですか。止めてください。」
女子高生は叫んでもがきだした。信人は素早く猿轡を噛ませ、胸縄をぎりぎりと巻き付け
た。胸の上下を括りあげ、さらに肩からたすき掛けのようにして、胸下の縄を引き上げた。
ブレザー越しからも、女子高生の胸が縄で締め付けられ、括り出されてくるのが見えた。
もがいていた女子高生も、縛り終えると、項垂れてもがかなくなった。
「騒がない?」
女子高生は黙って頷いた。信人は猿轡を外した。
「あなたは誰なんですか?何で私を誘拐したんですか?」
「俺は韮崎信人、何でも屋をやっている。誘拐した理由は俺もわからん。」
「どういうことですか?」
「成り行きだ。ある人から預かっただけだ。」
「じゃあ、解放してください。あなたが誘拐犯とグルとは言いませんから。」
「いや、ダメだ。」
「どうしてですか?」
「君は嘘をついている。どうせ、解放したら俺を犯人としてしょっ引いてもらうつもりだ
ろう。」
と、おそらくこれ以上頼んでも無駄だとあきらめたのか、女子高生は黙った。信人は改め
て女子高生の全身を舐めるように見回した。か細い手足に締めつく縄、目鼻立ちのくっき
りした顔、そして、上下左右から括り出されて膨らんだ胸。信人はこれほどまでに可愛ら
しい女の子を見たことがなかった。それをごまかすように、
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったよね。」
「ああ、千歳です。千歳由佳理。」
「もしかして、あの日本有数の千歳銀行の頭取のお孫さん?」
「ええ、よくご存じで。」
「いや。」
と、立ち上がる。
「とりあえず、しばらくの間、ここで寝泊まりしてくれ。」
「私、どうなるんですか?」
「とりあえず十日監禁しろと言われている。そのあとは分からん。」
これ以上聞いても無駄だとあきらめたのか、由佳理はベッドに横たわった。信人は、そこ
に布団を掛けてやった。
「これじゃ、しばらく店は開けられないな。どうするか。とりあえず、改装ということに
しておくか。」
店に臨時休業と改装中の張り紙を張り、シャッターを下ろした。
そのころ、警視庁は大わらわとなっていた。頭取の孫娘が行方不明になったからである。
しかも、インド大統領の訪日を二週間後に控え、その警備のために多数の警官を割かねば
ならず、管理官は頭を抱えていた。
「捜査報告!」
「某月某日午前十時ごろ、定期検査のために病院に行き、そこから行方不明です。」
「もっと具体的に言え!」
「十時四分に病院に到着し、十時十分から約二十分半の検査を終え、帰る途中、十時三十
五分ごろ、被害者がトイレに立ち、そのまま行方不明です。母親がトイレを探したのが十
分後なので、被害者は十時三十五分から四十五分の間に、行方不明になったものと思われ
ます。」
「何者かによる拉致誘拐の線はないか。」
「可能性の問題ですが、その線もありかと。」
「管理官!」
「どうした!」
「頭取がお越しです。」
「お通ししろ。」
まもなく、70過ぎの頭取が入ってきた。彼の妻、執事らしき者も一緒だった。頭取はや
や取り乱したような声で、
「捜査はどうなっている。」
「まだなんとも。」
「私宛にこのようなものが届いた。おそらく、由佳理は誘拐されたんだ。」
「なぜ、そう言い切れますか。」
「このCDには犯人と思われる人間からのメッセージが入っている。そして、由佳理の携帯
のストラップも一緒に入ってるんだ。」
「何ですって、すぐCDを再生しろ。音声分析も忘れるな。」
まもなく、CDは再生された。しかし・・・。
「これは、若い女性の声ですね。」
「由佳理の声だ。」
「何ですって!」
「とりあえず、最初から聞いてくれたまえ。」
CDの声は、震える声で、こう述べていた。
『私はあなたの孫娘を誘拐した。返してほしければ、十日後に4億用意しろ。さもなくば
、あなたの孫娘は一生あなたと会うことはない。仔細は十日後連絡する。』
「音声分析をやめろ、無駄だ。」
「はい。」
「考えたな。被害者に喋らせることで、犯人の特定を困難にしたか。」
「君、由佳理は無事なんだろうな。」
「まだなんとも、頭取、4億は用意できますか?」
「ああ、もちろんだとも。必ず孫娘を取り戻してくれるんだろうな。あの子は妻を除けば
わしのたった一人の身内なんだ。ただでさえ、あの子は病弱なのに、どんな環境で監禁さ
れているか分からんところでは、命にもかかわる。」
「断言はできませんが、最善を尽くします。」
「頼んだぞ。」
頭取は去っていった。
「やれやれ、拉致現場と思われる病院周辺の聞き込みの報告はまだか。」
「現在、全力で行っております。」
「たった十分で、病院から女の子とはいえ高校生を誰にも気づかれずにつれ出すとは。犯
人はどういった手を使ったんだ?」
一夜明けて、信人は由佳理の縄をほどき、朝食を与えていた。
「おいしいか?」
「おいしいです。」
緊張のせいか青白かった由佳理の顔に、血色が戻ってきていた。と、由佳理がいきなり咳
き込みだした。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫です。」
と、ブレザーのポケットから薬を取り出して飲んだ。しばらくして、咳が収まった。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。私、小さい時から体が弱くて、いつも持ち歩いているんです。」
「そうなのか。だとしたら、なおさら監禁されているとつらいだろう。」
「じゃあ、逃がしてくれるんですか?」
「そうだよな。無理だよな。あと九日の辛抱だな。それまで頑張ってくれ。」
「はい。」
と、席を立ち、信人の前で後ろを向き、手首を後ろに交差した。
「抵抗しないのか?」
「食事を与えて下さるとき、縄を解いてくださいましたから。」
「ホント、いい子だな。」
と、後ろ手に縛りあげ、胸縄を施そうとしたところで、手を止める。
「いいのか、胸を縛るけど。」
「いやだって言ったら、止めてくれるんですか?」
「そりゃそうだ。」
と、上下胸縄を施し、たすき掛けの縄も施し、ベッドに繋いで両足首も縛った。由佳理は
、そのまままたベッドに横たわった。
「現場周辺の聞き込みの報告を。」
「人を連れ去ったことを目撃するような証言はありませんでした。しかし、被害者が立ち
寄ったトイレのすぐ近くには裏口があり、車道に通じています。」
「そこから犯人は被害者を連れ去ったのか。」
「しかし、そこの裏口はおもちゃ売り場を通らねば外に出られないので、もし誰かを拉致
しているようなら、そこの従業員が覚えていると思われます。」
「その従業員への聞き込みによれば、犯行時刻頃は五、六人の子供と二人の大人、高校生
らしき人間が四、五人ほど通っただけで、何かを抱えているような怪しい通行者はひとり
もいなかったようです。」
「ダメか。ならどうやって。頭取への怨恨の線はどうか。」
「千歳銀行は経営が傾いているので、結構露骨な貸しはがしを頻繁に行っており、また、
頭取は千歳銀行で独裁者であるようなので、恨みを持つ人間は数多おり、現在絞り込んで
いるところです。」
「その貸しはがしにあった企業のリストはあるか。」
「数が多く、まだすべてではありませんが、とりあえずここに。」
「この企業の従業員の中にいるかもしれんな。」
二、三日後、由佳理は信人の家の浴室で入浴をしていた。信人は何回ものぞきたくなる衝
動に駆られ、そのたびごとに抑えていた。かろうじて、由佳理の入浴姿を想像することで
、衝動を抑えていた。入浴を終え、ワンピースで部屋に入ってきた由佳理を見て、あやう
く綺麗と叫びそうになっていた。ブレザーを着ている由佳理はきちっとしたお嬢様学生と
いう風体だったが、ワンピースを着ている由佳理はその年相応のかわいらしさを存分には
なっていた。
「どうしたんですか。顔真っ赤ですけど。」
「いや、俺、暑がりだからさ。」
「そうですか、じゃあ、お願いします。」
と、両手を後ろに回す。縛りながら、俺は何という幸せ者だろうと思ったりもした。胸を
縛るときは、縄によって括り出される胸のボリュームに危うく呼吸が止まりそうになった。
由佳理は着やせするタイプらしく、ブレザーの時はあまりわからなかったが、ワンピース
の時には、否が応でもまぶしく目に飛び込んでくるものであった。それから逃げるように
、由佳理をベッドに繋ぐとすぐ自分の布団に飛び込んだ。と、少し陰から覗いてみた。由
佳理は身じろぎして縄を軋ませていた。身長こそ高いがか細い体に縄が残酷なぐらいに締
めつき、緊縛による被虐性を高まらせた。上下左右から括り出されたふくよかな胸にも、
身じろぎするたびに縄がキュッと食い込み、なおさらボリュームを引き立たせた。信人は
再びベッドに飛び込んだが、興奮してなかなか寝付けなかった。
「捜査状況はどうか。」
「現場周辺の聞き込みは続けていますが、進展ありません。」
「貸しはがしにあった企業ですが、かなりの企業がつぶれていますね。そこの従業員もも
うバラバラになっており、全ては把握しきれません。」
「そうか。」
「そういえば、最近被害者の学校の同級生の父親の経営する企業が、千歳銀行の貸しはが
しにあってつぶれたそうです。家族は行方知れずになっています。」
「ということは、その家族が被害者を拉致した可能性があるということだな。それならば
、無理やり拉致しなくとも、病院の外に被害者を誘い出して車に乗せ、そのまま拉致する
ことも可能だ。その父親の名前は。」
「武井壮太です。母親は武井麻美。同級生は武井理沙です。」
「よし、武井親子を重要参考人で緊急手配だ。」
「あの、あのー。」
由佳理の呼ぶ声で飛び起きた。
「何?」
「すみません、薬、とってくれませんか?」
「ああ、ごめんごめん。」
薬をとって飲ませた。
「よく寝てらっしゃったので、起こすのが気が引けたんですけど、縛られてベッドに繋が
れてるんじゃとれないので。」
「いつのまにか寝てた。君はどう?寝れた?」
「多少は・・・」
「まあ、後ろ手に縛られているのにそれほど熟睡できないか。あーーっ。」
「どうしたんですか?」
「やべえ、冷蔵庫が空っぽだわ。買ってくるか。でもなあ。」
「でもなんですか?」
「君を一人でおいていくのはなあ。」
「後ろ手に縛られてベッドに繋がれているのに何ができるんですか?」
「騒いだりしない?」
「だったら口を塞げばいいんじゃないですか?」
「大丈夫?」
「はい。もともとここに運ばれるときも塞がれてたんで。」
「悪いね。」
信人はタオルをもって近づいた。由佳理は口を大きく開け、信人はタオルをしっかり噛ま
せて頭の後ろでしっかり結んだ。
「じゃあ、行ってくるから。」
「ひっへはっはーい。」
店の外に出て、シャッターを下ろして買い物に出かけた。スーパーで買い物をしていたら
、商店街のおばさんに声を掛けられた。
「久しぶりじゃない。韮崎君。いきなり店閉めて改装中とか言って出てこないからみんな
心配してたのよ。」
「あざーす。ちょっと改装に手間取ってまして。」
「でも、もう五日も閉めてんじゃない。そんなに長く閉めて大丈夫なの?」
「まあ、なんとか。」
「私たちが手伝ってあげようか?」
「いや、大丈夫っす。お気持ちだけ受け取っておくっす。」
「もしかして、やらしい本とかばらまいちゃったとか。」
「いや、その、そのまさかでして。」
「やだわあ。韮崎君もやっぱり男の子ね。もしよかったら、おばちゃんたちがいいお相手
探してあげようか?」
「いや、まあ、うれしいっすけど、また今度にしますわ。それじゃ。」
走り去る信人を見ながら、
「何か最近変よねえ。信人君。」
「武井親子はまだ見つからんのか。」
「はい、借金取りからも逃げてるらしくて、どこにいるのやら。」
「くそー。約束の日まであと四日。時間がないんだぞ。」
「頭取がお越しです。」
「何、お通ししろ。」
「捜査は進んでいるのかね。」
「おおむねは。犯人も絞り込めましたし。」
「何、どんな奴だ。」
「武井建設、あなたの銀行が貸しはがしてつぶしたところを覚えていますか。」
「人聞きの悪いことを言うな。私は単に貸した金を返してもらおうとしただけだ。それの
何が悪い。」
「すみません、それで、そこの社長があなたのお孫さんを拉致した疑いが強いんです。」
「とんでもない奴だ。逆恨みも甚だしい。そんな奴に由佳理が誘拐されているなら、いま
ごろどんな目に合っているのか。おい、由佳理は大丈夫なんだろうな。」
「落ち着いてください。身代金をとっていないのに、お孫さんに危害を加えるわけがあり
ません。」
「でも、もしレイプでもされていたら・・・ああ、おぞましや。一刻も早くその武井とや
らを逮捕しろ。わしがすっくび掻き切ってくれるわ。」
「くしゅん。」
「どうした。」
「誰かが私のうわさをしたようで。」
「大丈夫か。」
「ええ。」
「さ、晩飯だ。」
由佳理の縄をほどくと、テーブルに連れて行った。しかし、由佳理の手は焼けるように熱
かった。振り返ると、由佳理はいかにも辛そうだった。
「どうしたんだ。」
「大丈夫です。」
しかし、由佳理の脚はもつれていた。信人は素早く額に手をやった。焼けるような熱さだ
った。
「いつからだ。」
「今日の朝から。」
「何で言わなかったんだ。」
「大丈夫かなと思ったもので。」
「くそっ、病院に連れて行くわけにもいかないし。」
「ですよね。」
信人は慌てて誘拐犯に電話を掛ける。しかしつながらない。
「くそっ。」
「つながらないんですか。」
「仕方がない。看病しよう。どうにもならなければ、病院に連れて行く。」
「でも、それじゃあ。」
「ああ、でも、ここで君が死んだら、俺が殺したようなものだ。俺は人殺しにはなりたく
ない。たとえムショにぶち込まれてもな。」
「じゃあ、こじらせたら自由になれるってことですね。」
「現金な奴だな。そんなことがいえるうちは大丈夫だ。」
「でも、そんなこと言っちゃっていいんですか。私が無理にこじらせるとは考えないんで
すか?」
「俺が無理にでも治してやる。」
由佳理はふっと笑い、床に着いた。信人は一晩寝ずに看病した。その甲斐あってか、由佳
理の熱は下がり、寝息を立てた。さすがにこんな時に後ろ手胸縄緊縛をするわけにはいか
ず、両手首だけを縛り、ベッドの桟に繋ぐだけにとどめた。と、不意に眠気が襲ってきた。
「武井親子を確保しました。」
「ついにか。被害者の安否は。」
「それが、武井親子はボロボロのあばら家に隠れ住んでおり、誰かを監禁できる雰囲気で
はないようです。本人も犯行を否認しております。」
「なにっ。」
「いま警視庁に連行しております。着き次第取り調べを行う予定ですが。おそらく何も出
ないかと。」
「むむむ、振り出しか。」
翌朝
「うんっ。」
「起きましたか。」
「調子はどうだ。おかげさまで、少し良くなりました。ありがとうございました。」
「それはよかった。でも、安静にな。」
「いつも縛られてるんで安静にしてます。」
「そうか。待ってろ。あったかい物作ってやる。」
信人はキッチンに向かった。まもなく、おかゆとスープをもってきた。
「ありがとうございます。」
「やっぱり、慣れない環境だし、ストーブの灯油も切れてるしな。風邪もひくわな。もう
少しでお家に帰れるからな。」
「はい。」
「でも、頭取のお孫さんだから、うまいもんばっかり食ってるんだろうな。」
「まあ、一応。でも、ここのもおいしいですよ。」
「気を遣わなくていいよ。おそらく一流のシェフとかが作ってるんだろう?勝ち目ないよ
。」
「いえ、祖母がいつも作ってます。」
「そうなの?一流のシェフとかが作ってるイメージだった。」
「前までは。今は銀行の経営が苦しいので、祖母が作ってます。」
「そうなんだ。君のおじいさん、どぎつい貸しはがしとかして結構評判悪いけど、そうで
もないんだね。」
「そうですね、でも、貸しはがしがどぎついのは本当です。銀行の経営が苦しいからって
、それで貸しはがして、多くの企業をつぶすのは間違ってると思います。」
「そうか。しっかりしてるんだね。」
「いえ、ただの反抗期です。」
「そうかな。」
「家ではすごく優しいんですけどね。」
「すごくしっかりした子だからだよ。うちの親が君みたいな子を持っていたら、俺よりも
よほど苦労しなかったと思う。」
「そんなたいそうな人間じゃありませんよ。それに、あなただって十分できた大人だと思
います。私に手を出すわけでもないし。」
「自分を誘拐した人間に対してよく言えるね。」
「いえ。それとこれとは別問題ですから。」
「だめですね。被害者を監禁しているとは思えません。被害者が誘拐されたことを知った
のも捜査員から聞かされてらしいですし、早く捜査して被害者を助けてくれという始末。
その日の食事にも事欠く有様だったので、状況的にも、被害者を監禁するのはほぼ無理で
す。」
「ダメか。ホントに振り出しだな。ほかに当てはあるか。」
「数が多すぎます。すぐには絞りきれません。」
「管理官、頭取がお越しになりました。」
「犯人を逮捕したと聞いたが、娘は無事なのか。」
「申し訳ありません。どうやら違ったようで。」
「何っ、とんだ役立たずだな。君たちは。」
「申し訳ありません。鋭意捜査中です。」
「孫に何かあったら、君たちの責任だぞ。」
「全力をもって、お孫さんを救出いたします。」
「とにかく、すぐに犯人を挙げるように。」
「はい。」
「もう治ったみたいです。」
「よかった。でも無理するなよ。」
「はい。」
と、信人はくらっとした。
「大丈夫ですか。」
「いや、ちょっと足がもつれただけだ。」
「ちょっと近づいてください。」
信人が近づくと、由佳理は額を信人の額に当てた。
「失礼します。手が使えないので。熱いですね。」
「君が熱いだけなんじゃないの?」
「いや、私よりずっと熱いです。私のがうつったんじゃないですか。」
「困ったな。俺は寝ているわけにはいかないんだが。」
「私が看病します。」
「いやいや、君は誘拐されたんだぞ。誘拐された人間が誘拐犯の看病をするなんて聞いた
こともない。だいいち、一応用便、入浴、食事の時間以外は縛っておくように言われてい
る。」
「だったら、前で縛って、縄を余裕を持たせて繋いでおけばいいじゃないですか。」
「でもな。」
「逃げると思ってるんですか。」
「分かったよ。」
と、由佳理の縄をほどき、前手に縛り直し、かなり余裕を持たせてベッドの桟に繋いだ。
由佳理はかいがいしく働き、そのおかげで、信人の容態もよくなっていった。
「すまないな。自分を誘拐した相手なのに、看病してもらって。」
「あなたが私を看病してくださったから。」
「それにしても、人間ができてるな。」
「料理も作りましょうか?」
「ああ、頼む。」
「いいんですか、包丁持たせて。」
「なんでだ。」
「これで縄を切るかもしれませんよ。」
反応がないので見てみると、信人は眠ってしまっていた。由佳理は、何かを決意した眼を
した。
しばらくして・・・
「うん・・。」
信人は、体を動かそうとしたが、まったく動かないことに気付いた。頭を無理やり起こし
てみると、縄で体を縛られていた。自分が由佳理を縛っているときと同じように縛られて
いた。
「気が付きました?」
「お前、いつの間に。」
「お返しです。」
由佳理は茶目っ気たっぷりの笑顔で答えた。
「警察には電話したのか。」
「まだです。あなたの体調が完全に回復したら電話します。覚悟しておいてくださいね。
」
「くそっ。」
「でも、ありがとうございました。丁寧に扱って下さって。」
信人は、懸命にもがいた。すると、やはり頑健でない女子高生が縛ったものだから、ほこ
ろびができ出していた。
「大人しくしといてくださいね。いまスープを作っていますから。」
由佳理が台所に引っ込んだすきを狙い、信人は激しくもがいた。と、手首を縛っている縄
がほどけた、素早く足と体の縄をほどくと、縄をもって台所に行った。由佳理はまだ気づ
かず、鼻歌を歌いながら火加減を調節していた。後ろにそっと近づき、両手をさっととっ
て後ろにねじあげた。
「キャッ。」
「大人しくしろ。」
由佳理は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに諦めた表情を見せた。信人は、さっと火を
消すと、そのか細い両手首に、シュルリと縄を掛けていった。
ギチッギチチッ・・・
「くっ。」
「やっぱり銀行の頭取のお孫さんだ。か弱くなんかない。油断も隙もありゃしないってと
ころか。」
由佳理の体に掛けられた縄目は容赦のないものだった。今までは、か弱い女子高生という
ことで、遠慮して、痛くないように縛っていたが、今は大の男に施すぐらいのきつさだっ
た。由佳理は今までとは全く違うきつさの縄目に、少し抗議の表情を見せたが、すぐに諦
めるような表情に戻った。
「どうだ、大の男でもほどけないぐらいのきつさに縛ってある縄の味は。」
「痛いです。体全体が痛い。」
「しばらくそれでがまんしろ。反抗した罰だ。」
居丈高にいうと、リビングに戻った。由佳理の言うとおり、外部と連絡を取った形跡はな
かった。好青年で、他人に横柄な対応をしたことがない信人であったが、か弱くて純情そ
うな由佳理に裏切られたのがつらかったのか、ふさぎ込んでいた。すると・・
「すいません。」
「何だ。」
「すこし、話しませんか。」
「言い訳は聞きたくない。」
「そういうんじゃなくて。」
「分かったよ。」
と、寝室に向かう。改めて由佳理の縄目をまじまじとみつめた。か細い体を縄が容赦なく
絞り上げ、被虐心をそそらせた。上下左右から括り出された胸も、厳しい縄目で容赦なく
くびり出され、身じろぎするたびに残酷なほど食い込んだ。後ろに回ると、か細い両手首
に、荒々しく縄が巻き付き、緊縛感をこの上なく引き立たせた。
「何だ。」
「私をこれからどうするんですか?」
「変わらない。明後日まで監禁し、そのあとは君を誘拐した奴に引き渡す。」
「てっきり、罰としてもっとなんかひどいことされちゃうのかと思いました。」
「ひどいことってなんだ。」
「いえ、なにも。」
「こんなことか。」
と、両手を由佳理の両胸に乗せた。いつも恋愛に対して奥手な信人にしては信じられない
のだが、自然とこういう行動をした。由佳理の胸は、ふんわりしてとてもやわらかかった
。由佳理は、一瞬驚いた表情を見せたが、
「ご存分に、覚悟してます。」
信人は、このまま事に及ぼうと思ったが、誘拐犯から言われた、手を出すなという言いつ
けを思い出した。確かにこのまま事に及んでもいいのだが、依頼人からの約束を違えるの
はやはり彼の主義に反した。
「やめた。」
「どうしてですか。」
「一応、手は出すなと言われているからな。俺は約束を守る主義なんだ。」
「ありがとうございます。やっぱりやさしいんですね。」
由佳理はにっこり笑った。信人はムッとして
「でも、今日の入浴が終わったら、バスタオル一枚でここにこいよ。素肌に直接縄をくい
こませてやるから。」
と、由佳理は驚いた表情をしたが、
「韮崎さんってやっぱり変態なところもあるんですね。」
と、笑って言った。
「うるせえ。いいからいうことに従え。心配しなくとも、ストーブの灯油買ってきたから
。」
「はいはい。分かりました。」
信人が顔を真っ赤にして言うと、由佳理は笑って受け流し、二人で爆笑した。いつのまに
か、信人の心のもやもやは消えうせていた。
その夜、由佳理の入浴中、信人はバスタオル姿を想像すると、体の一部にこわばるものを
感じた。美少女のバスタオル姿だけでも生唾ものなのに、ましてそれを縛れるということ
が、信人の妄想を暴走させていった。と、そこに、バスタオル姿の由佳理が現れた。信人
は言葉を失った。たおやかな肩のラインと美しいうなじ、熱を受け火照った肌とこんもり
盛り上がった胸。想像以上のものであった。由佳理もさすがに恥ずかしいらしく、顔を火
照らせていった。それを隠すように
「縛らないんですか。」
「ああ、ごめんごめん。」
と、由佳理の両手をとって後ろに回し、縄を掛けていった。両手首を縛り、体に縄を掛け
ていった。素肌に縄を掛けるのは、何倍も興奮するものであった。胸を上下左右から括り
出すと、乳房がこんもり隆起し、信人の本能を暴走させていった。足首も縛り、緊縛を完
成させた。
「可愛いな。ホントにバスタオル一枚か。」
「確かめたらどうですか。」
と、強がったが、明らかに恥ずかしそうであった。さすがにバスタオルの中身を見ること
は躊躇した。そこはさすがに踏み込んではならないラインだと思っていた。なので、バス
タオルの上から縄で括り出された胸を触るだけにとどめた。バスタオル越しとはいえ、な
めらかで柔らかなふくらみが手を包んだ。
「バスタオル姿での縄はどうだ。」
「素肌に直接食い込むのは初めてです。結構痛いですね。」
「罰だから痛くても我慢しろ。」
「はーい。」
由佳理は少しふてくされたように答えた。しかし、この一件で由佳理との距離が縮まった
ように思えた。
その頃、捜査は暗礁に乗り上げていた。頭取に恨みを持つものは多く、なかなか絞りきれ
なかった。インド大統領の訪日を控え警官の数が足りないのが、ここではっきり凶と出た。
「結局、身代金受け渡しを待つしかないってことか。」
「そうですね。」
「今日が最後の日ですね。」
「そうだな。」
十日目、今日一日監禁して、明日には誘拐犯に引き渡す手はずだった。
「なんか、長いようで短い十日間でしたね。」
「まあ、その誘拐犯がどうするか分からんが、多分身代金とか請求してるんだろう。それ
が終わったら、家に帰れるぞ。」
「大丈夫なんですか。私はあなたの顔も名前も知ってますよ。」
「あっ。」
迂闊だった。何でこんなことに気付かないんだろう。こうなったら、素っ裸にひん剥いて
縛り上げて写真を撮って、それをネタに口を封じるか、そんなことも思ったが、やはりそ
れは彼の流儀ではなかった。誘拐犯に慌てて電話をした。つながらないだろうなと思って
いたが、つながった。
「何だ。」
「彼女は俺の顔を見ている。もしそうなら、解放したら俺のことしゃべられるんじゃない
か。」
「大丈夫だ。その辺はぬかりなくしている。」
「もしかして、彼女の弱みを握っているのか。」
「まあ、そんなもんだ。」
「まさか、変なことしたんじゃないだろうな。」
「しねえよ。俺だって、頭取の孫娘を手籠めにするのはさすがにリスクが高い。」
「ならいいけど。」
「それと、身柄の引き渡しを早める。今日の昼十二時、両手足を縛り目隠しと猿轡をして
、段ボールに入れて、口をしっかりとガムテープでとめて、玄関前に置いておけ。指紋は
つけるなよ。」
「そんなに早くか。」
「ああ、事情が変わった。とにかくよろしくな。」
切れた。
「どうしたんですか。」
「君の釈放が早まったよ。今日だ。」
「そうなんですか。」
「現金だな。目を輝かせて。」
「いえ、でも、貴重な経験をさせていただきありがとうございました。」
「誘拐犯に礼を言うって、変な感じだな。まさか、また油断させて。」
「違いますよ。あと、昨日、あなたを縛った時も、わざとほどけるように縛ったんです。
」
「えっ。なんで。」
「そうしたら、私はどうされるのかなあ、とちょっと興味が。」
呆れた。この子はどこまで度胸があるのだろう。やはり、親の過保護のもとで育ったお嬢
様は、親の監視下にないと、こういった突飛な行動にも出れるのだろうかとも思ったりし
た。
「それで、殴られたりレイプされたりしたらどうするつもりだったんだ。」
「韮崎さんならそんなことするわけないと信じてました。」
改めて、この子の度胸に末恐ろしささえ覚えた。
「まあ、さみしいけど、お別れだ。」
「はい。今までありがとうございました。」
満面の笑顔でこう答えた。韮崎は、誘拐犯から言われたとおりに由佳理の両手足を縛り、
タオルで目隠し猿轡をし、段ボールに入れた。玄関先において数分経ってから様子を見る
と、すでに消えていた。
その少し後・・・
「身代金の受け渡しを早めるだあ?」
「はい、今朝、頭取宅に届いた手紙によりますと、今日の朝十時に4億を被害者の口座に
振り込めとあります。」
「朝十時、とっくに過ぎてるじゃないか。」
「どうやら頭取は、被害者の口座にもう振り込んだそうです。」
「何、どうしてそんな勝手なマネを。」
「わかりません。もしかしたら、警察には内密に事を進めるよう指令があったのかもしれ
ません。」
「くそ、出し抜かれた。しかも被害者の口座に振り込まれたとあっちゃ、それが引きださ
れればまったく追えないぞ。被害者の口座の特定は。」
「はい、できてますが、おそらくもう引きだされてるかと。」
「とにかくやれ。」
「ダメです。もう引きだされてます。」
「何っ、だが、4億の引き出しとなると、そう簡単にできるものでもあるまい。」
「担当行員に話を聞きました。どうやら、頭取の委任状を持った武井壮太という男が4億
すべて引きだしたそうです。4億もの引出しには担当行員も店長も困惑していたのですが
、頭取の委任状がありましたし、緊急の用事だというので引き出しを認めた、というので
す。」
「武井壮太だと、奴は警察で預かっているはずじゃあ。」
「どうやら、免許証を何者かに盗まれてしまったようです。しかし、隠れるのに必死で、
盗難届を出すどころではなかったようですね。」
「くそ、これでは追いようがないな。こんな手があったとは。」
「待ってください。犯人はなぜ委任状を手に入れることができたんでしょう。おそらく、
犯人は頭取によほど近しい人物であると思われます。」
「確かに。」
「それに、被害者が解放されれば、犯人が頭取にいかにして言う通りにさせたのか、聞く
ことができます。」
「だな。被害者解放は。」
「まだのようです。」
「管理官。頭取宅の近くのごみ置き場で、両手足を縛られ、段ボールに入れられた被害者
を発見しました。外傷はないようです。」
「よし。」
「どうだ。」
「ダメですね。ほとんど目隠しをされたままらしくて、犯人の人相などは全く分からなか
ったようです。人数も把握できていません。本人はひとりの声しか聞こえなかったと証言
していることから、犯人は単独犯の可能性が高いです。」
「なるほど、頭取は。」
「我々の言う通りにしないと孫の命はないという被害者の声のCDが送られてきたようで
す。警察に内密に実行せよということです。」
「そんなもん、なぜ守るんだ。」
「犯人は何らかの手段を使って、頭取邸内部の情報を知ることができたようで、そのため
警察に連絡できなかったということです。」
「むむむ、委任状の件については。」
「全く出した覚えがないようです。誰かに委任することを嫌っているので、そんなことは
ありえないとおっしゃってました。」
「ということは、頭取邸に盗聴器が仕掛けられていたということか。」
「どうやらそのようです。頭取邸から盗聴器が2,3押収されましたが、指紋はついてい
ないということです。」
「しかし、委任状があることから、頭取の近辺にいた人間だと分かった。そのなかから引
き出し時刻にアリバイがない奴が犯人だ。」
「頭取の秘書の金子紗弥香、取締役専務の真壁友則、庭師の相場満、メイドの一人の三上
寛子が引きだし当時アリバイがありません。金子は39度の熱で自宅で休んでいたようで
す。真壁は取引先との会合のあと銀行に戻るはずなのが、予定時間になっても帰ってきて
いません。本人いわく、友人とばったり会って立ち話をしていたようです。友人の証言も
取りましたが、口裏を合わせていることも考えられますので、アリバイはありません。相
場はいつも一人で庭を整備しているため、いなくなっても誰も気づかないだろうというこ
とです。三上は、どうやら隠れて高級菓子をつまみ食いしていたようです。」
「武井壮太の顔になりすませそうなのは真壁と相場か、しかし、委任状をとれそうなのは
真壁か。まあいい、二人を重要参考人として取り調べしろ。」
「自供しました。相場です。」
「何。」
「自分がお嬢様を誘拐した。本当にすまないと思ってると話しているとのことです。4億
は手元になく、すでに使ったと話しています。」
「どこに。」
「それについては黙秘しています。」
「むむむ。まあいい、事件解決だ。」
「犯人捕まったんだ。やべえな。俺も捕まるかも。んっ?」
信人の携帯が鳴った。
「もしもし・・・。」
電話を切ると、信人は何も言わずに駆け出した。警察署の前に着くと、すぐそこに、警官
に左右から押さえられて歩かされる由佳理がいた。そのか細い両手には手錠ががっちりと
はまっていた。信人は、何の事だか分らなかった・・・。
しばらくして、由佳理の接見に信人は訪れた。警官に付き添われて現れた由佳理は、少し
憔悴しているように見えたが、可憐な風情は変わらなかった。
「どういうことだ。」
「まあ、いわゆる狂言誘拐ってことです。」
由佳理はにこにこしながら答えた。
「実は、この誘拐は私が言い出したことなんですね。相場さんには本当に申し訳ないと思
ってます。でも、どうしても祖父の目を覚まさせる必要があった、だから、相場さんに頼
んで私を誘拐してもらったんです。でも、相場さんがずっと監禁するわけにはいかない。
なので・・・」
言いたいことは分かった。これ以上いうと信人も罪に問われるだろうから言わないのもわ
かった。
「一か月前、私の親友の武井理沙ちゃんのお父さんが経営する工場が、祖父の銀行の貸し
はがしにあってつぶれたんです。いったん貸金を回収するけど、すぐにまたいい条件で貸
すからと。でも、それはうそだったんです。貸金を回収した途端、銀行側は手のひら反し
て、融資はできないといったんです。で、結局つぶれました。理沙ちゃんは夜逃げする前
、私にすべて話してくれました。あの時の理沙ちゃんのすべてを失ったような眼は忘れよ
うがない。私は土下座して謝りました。でも、理沙ちゃんは、そんなことされてもうれし
くない、謝るぐらいならお金貸してよと吐き捨てました。」
「だから、狂言誘拐を。」
「ええ、これぐらいしかできなかったんです。相場さんも、理沙ちゃんのお父さんと親し
かったので、頼みました。最初は反対されました。そりゃそうですよね。でも、私は引か
なかった。相場さんもついに折れて、犯行を手伝ってくれました。身代金はすべて千歳銀
行の貸しはがし被害者の会に寄付しました。これで少しでも理沙ちゃんや同じような方々
の助けになれば。」
「違う。」
「えっ。」
「君のやったことは、ただ単に自己満足だ。君たちが脅し取った四億はなんだ?君の銀行
の人たちが汗水たらして稼いだ結晶だろう?確かに貸しはがしはいけないことかもしれな
い。でも、だからと言って、それを奪っていいという道理はない。」
「分かってます。だから、自首しました。罪を償うために。」
「他にもある。相場さんはどうなる?あの人は路頭に迷うだろう。その責任もとれるのか
?銀行の人たちだって、四億の損失を出せば、路頭に迷う人も出てくるだろう。その責任
はどうなる?」
と、問い詰めると、由佳理は泣き崩れた。信人は畳み掛けるように言った。
「それに、君のおじいさんだって、どれほど心配したと思ってるんだ。たった一人の孫だ
ろう?君はしっかりしたいい子だと思っていたが、とんでもない大馬鹿野郎だ。」
「先ほど、祖父と取調室ですべて話しました。祖父は何も言わずに、私の頬を思い切り叩
きました。今まで祖父に叩かれることはおろか、怒られることすらなかったのに。」
由佳理は震える声で言った。
「当然だ。」
「じゃあ、これからどうすればいいんですか。」
「君のやったことは、一生消えることじゃない。でも、取り返しのつかないことじゃない
。一生をかけて、償っていくんだ。」
「分かりました。ありがとうございました。」
と、由佳理は出て行こうとする。
「最後に教えてほしい。なぜ俺を選んだ。」
「あなたは知らないかもしれませんが、私はあなたに会ってるんですよ。」
「えっ。」
「二か月ほど前のことです。私がよくいくお店のご主人が、あなたに依頼をしたときに、
私も一緒についていったんです。あなたはとても誠意ある対応をして下さったので、あな
たに頼むのがいいかなと。」
思い出した。ある店の主人の娘が、グレて暴れているという依頼を受けた信人は、一か月
にもわたる説得を続け、ついに更生させたのだ。そういえば、最初の依頼のときに、横に
常連客と名乗る若い女子がいたのを思い出した。
「あの時の。」
「はい、あの時、児童相談所の職員でもないあなたが、格安の依頼料で一か月も努力して
くださったので、この人であれば間違いないと思いました。」
「そうか。」
「今でもその思いは変わりません。この人に間違いはなかったと。」
「・・・。」
「さよなら。あなたのおっしゃる通り、一生をかけて償います。」
それからしばらくして、相場は不起訴になったと知らせが届いた。由佳理は、保護観察処
分になるはずであったが、本人の強い希望で、少年院送致が決定した。
それから四か月後・・・
「ピンポーン。」
「何だ?」
と、そこには頭取がたっていた。
「少し話があるんだがいいかね。」
「えっ。頭取が僕みたいな人間に何かご用でしょうか。」
「私が連れてきました。」
脇からひょっこり由佳理が現れた。どうやら少年院から出てきたようだ。
「いや、まあ、散らかってるし、そんなにおもてなしもできませんけど。」
「かまわない。では、上がらせてもらうぞ。」
信人は断りきれず、頭取を家に招き入れた。
「孫が世話になったようだな。」
「いや、あのーー。」
「隠さずとも良い。あのビデオデータは私も相場から見せてもらった。」
「申し訳ありません。」
「今更君を責めるつもりも告訴する気もないよ。ただ、あのビデオを見てからというもの
、孫が君の話しかしないものでな。どのような人間か見て、少し話をしたいだけだ。見た
感じ、どこぞの遊び人のようだがな。」
「いや、まあ、すみません。」
「別にかまわん、とりあえず、孫を丁重に扱ってくれたことには礼を言う。」
「滅相もない。私はあの子の誘拐をお手伝いしただけですから。」
「特に暴力をふるうこともなく、レイプすることもなく、病気になったら徹夜で看病して
くれたそうじゃないか。」
「でも、お孫さんのお胸を触ってしまいました。」
「孫が気にしていないようだから私も気にしないことにする。」
「すみません。」
「接見に来てくれたし、孫をきっちり叱ってくれたそうな。実は半年前から孫との関係は
ぎくしゃくしていたのだが、あれ以来、孫が本音でしゃべってくれ、私の話もきっちり聞
いてくれるようになった。」
「恐れ入ります。」
「君から見て、孫はどういう人間なのだ。お世辞などいらん。思うままを言ってほしい。」
「いや、それは。」
「かまわん。」
「最初はただの虚弱なお嬢様だと思っていました。しかし、芯にはしっかりしたものをお
持ちです。今回はそれが裏目に出てしまいましたが、とても大切なものをお持ちです。度
胸もありましたしね。そして、私たちすべてをだますあの演技力は驚くべきところがあり
ます。」
「やめて下さいよ。恥ずかしい。」
「お世辞はいいと言っておろう。」
「いえ、率直にそう思います。まあ、無鉄砲なところはありますので、そこはしっかり手
綱を締めてやってください。」
「では、女性としてはどう思う?」
「と、言いますと?」
「どうやら、君とは胸を触られても許せる仲のようだからな。」
「すみません。」
「いいんだ。それより答えたまえ。」
「はい、お顔はこれ以上ないほどお美しいです。スタイルも抜群で、とても自分ごときで
はとても手の届かぬ高嶺の花でございます。お世辞ではありません。」
「やだ。恥ずかしい。」
「なるほど、では質問を変えよう。君はなぜ、誘拐に協力する気になったのかな?」
「まあ、協力するしか選択肢がなかったですね。解放したら、自分を誘拐犯として警察に
突き出すと言われましたので。」
「なるほど、好む好まざるとにかかわらず、巻き込まれたようだな。それは済まなかった
。」
「いえ、誘拐に協力したのは本当ですし。」
「では、なぜ手を出さなかった?孫が本当に魅力的なら手を出してもいいはずだ。」
「おじいちゃん、なにを。」
「頭取の孫娘なんて、恐れ多くて手が出ません。それに、手を出すなという約束だったん
で。約束を破るのは性に合わなくて。」
「なるほど、孫がなつくのもわかる。」
「いえいえ、そんな。」
「わしは嘘は言わんぞ。」
「私からも、質問させていただいてよろしいでしょうか。」
「何だね。」
「相場さんは、どうなったのでしょうか。」
「相場はいまもあの屋敷で働いているはずだ。」
「はずとは。」
「実は家屋敷を売却してな。その分を銀行の負債返済に充てた。そして、そこで相場が働
けるよう手配したというわけだ。」
「前に比べれば小さくなったけど、新しい家も結構住み心地いいよ。」
「そうですか。」
「理沙ちゃんの家族も、おじいちゃんの配慮で、新しい就職先見つけたみたい。そんなに
大きいところではないみたいだけどやりがいのある仕事みたい。」
「よかった。」
と、頭取が箪笥の上に束ねてある縄のもとに向かう。
「なるほど、これが孫を縛っていた縄か。」
「ああっ。処分しようと思って忘れてました。すみません。」
「いいんだ。これでもう一度、孫を縛ってくれないか?」
「ちょっ、いきなり何言いだすの、おじいちゃん。」
「そうですよ、さすがにちょっと。」
「わしは本気だよ。監禁していた時と同じように縛ってくれたまえ。」
「でも、いくらなんでも。」
「わかった。何か考えがあるんでしょう。縛って下さい。」
由佳理はあっけらかんというと、両手を後ろで交差した。信人はしぶしぶ、その両手首に
縄を巻きつけた。両手首を縛り、胸縄を施そうとする前に、ちらりと頭取を見た。
「かまわん、やれ。」
信人はしぶしぶ、由佳理の胸の上下に縄を巻きつけた。さらに、たすき掛けまですると、
由佳理の胸はがっちりと括り出され、根元からはじけていた。
「これでよろしいでしょうか。」
「ああ、分かった。君の縄使いには、孫をいたわる気持ちが感じられる。由佳理も、君を
完全に信頼して縄を受けている。君さえよければ、孫をもらってくれないか。」
「ちょっと、おじいちゃん!」
縄を掛けられて、自由に動けない由佳理が縄を軋ませて抗議の声を上げた。
「いや、さすがに自分ごときとはつりあいませんよ。学もないし、腕っぷしも大して強く
ありませんし。家柄も大したことないですよ?」
「かまわん。今確信した。君なら孫を幸せにできる。由佳理。君はどうする。」
「えっ、いや、あの。いきなり言われてもちょっと心の準備が。」
「おっと、私はもう行かねば。」
「ちょっと、おじいちゃん。」
「孫は預ける。君の好きにしたまえ。」
頭取はそそくさと去る。部屋には信人と縛られた由佳理だけが残された。
「どうする?」
「あなたはどうします?一応、祖父のお墨付きは頂いたようですし。好きにしてください
。」
「いいのか?こんな形でも。」
「あなたになら。」
由佳理は微笑み、目を閉じた。信人はその唇に、そっと自分の唇を重ねた。そして由佳理
を抱き寄せ、括り出された胸をまさぐった。
「大好き、韮崎さん。」
夕焼けをバックに、一組の男女の愛がはぐくまれていた。
それから、8年の月日が流れた・・・。
「由佳理。お帰り。」
「ただいま。」
由佳理はスーツの上着をハンガーにひっかけた。
「もうすっかりキャリアウーマンだね。」
「やめてよ。もう。」
由佳理が高校を卒業すると同時に二人は結婚し、同棲を始めた。由佳理は難関国立大学を
卒業すると同時に、頭取が亡くなり、千歳銀行は大きな転換期を迎えることとなった。由
佳理は千歳銀行に就職し、その転換期を迎える銀行で働くことになった。
「もうおじいちゃんも亡くなってるから、ごく普通の平社員になるかなあと思ったけど、
なんかみんなが私に腫れ物に触るみたいで大変。支店長まで私に敬語だし。」
「まあまあ、それだけ君のおじいさんが銀行のみんなに慕われていたってことじゃない?」
ずっと独裁者として嫌われてきた前頭取であったが、あの事件の後から、人が変わったよ
うに皆の意見をよく聞くようになり、周囲の人間をいたわるようになったので、行員たち
からの評価も180度変わった。由佳理は普通の平社員として働きたかったが、千歳銀行
の皆は前頭取をとても慕っているらしく、その孫である由佳理をすごく丁重に扱っていた。
しかし、由佳理にとってそれは煩わしくもあった。
「こっちも、おばあちゃんの財布を見つけてあげた。」
信人は頭取の孫を妻に迎えたことで、銀行幹部にならないかと頭取から誘われていたが、
これを固辞し、今も何でも屋として働いている。いきおい、家事は信人の担当になった。
「亜季はどう?」
「寝てるよ。」
由佳理は二年前に女の子を出産した。信人は子育ても担当し、仕事との両立で四苦八苦し
ていた。
「じゃあ、亜季も寝てることだし。」
「もう、しょうがないなあ。」
由佳理が寝室に先に行った。信人は縄をしごいて向かった。由佳理は、事に及ぶときは必
ず縛るよう頼むからである。そのほうが燃えるからであるそうである。寝室に着くと、後
ろを向いて寝ころんでいる由佳理が布団の中から両手をすっと差し出した。信人は、しな
やかな両腕にギュッと縄を巻きつけた。由佳理がブルッと震えた。信人は、縄を持ったま
ま、ゆっくりと布団の中に入っていった・・・。
-END-